「またまた街の風景」

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070909
モデリングが続くと、白黒の図面とパソコンだけの世界で、
それも狭い仕事場でとなると、段々息苦しくなってくる。
私だけだろうか、、、いやいや著名な某パース屋さんは「大嫌いなモデリング」と堂々と言っていたし‥。
まあしかし、以前はこれほど苦痛ではなかった気がしてならない。
思い当たる原因はある。眼の疲れである。
パソコンを使っているとかなり眼を酷使する。
子供の頃から眼が良かった私は、「眼医者さんにはどういう時行くのだろう?」と思っていたくらい、
目に関するトラブルがなかった。が、もういけない。

今日は仕事関係の用事を済ます目的で外出したその足で、
友人がスケッチしている場所に寄って、そこで黒いステキな看板のある
(エスニックな工芸品のお店で、2階は雰囲気の良いギャラリーになっている)
友人お気に入りの風景をスケッチした。
時間がなかったので、はがきより一回り大きい程度のスケッチブックに描いた。
2時間程度だが、久しぶりに友人とおしゃべりしながらで、とても楽しかった。
リフレッシュしました。

<F0スケッチブック>

「街の風景」

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070819-1
土曜日に続いて日曜日もいそいそと折り畳み椅子を持って友人と柳原神社へ。
90度位置を北にふって、以前かき氷を買ったお店とその周辺をスケッチすることにした。
隣は地方銀行の大きな本店建物がある。
しかし木陰ってなんて快適なんだろう。
この間にも進めておきたい仕事や片付けたい懸案事項は山とはなくても丘くらいはあって、
実はいつも頭の片隅にあるのだが、それが描き出してしまうと全て忘れて集中できる。
これは現実逃避だろうか‥、そんなことも思いながら蝉時雨の中で手だけを動かしていた。
この機会を作ってくれた友人にはほんとに感謝だ。
「ガソリン撒き散らしてうろうろスケッチの場所探して、結局見つからないんだから。
まったくバカみたいだね。」と自嘲していたら、
「無駄なことなんて何もないんですよ。今日ここに居るためには必要なことだったんだから。」
と、諭された。少しだけ年の離れた友人。
実は大学の先輩で、同窓会活動で知り合った、人生の師匠のような人。
「無駄なことはなにもない‥」いつまでも胸の中で繰り返した。

<F8スケッチブック maruman>

「真夏の木陰でスケッチ」

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070818
先週の土・日、木陰になる午前中だけ例によって友人の絵画教室にちゃっかり混じって
神社の境内から長野トヨタのビル『プリズム』をスケッチした。
一日の午前中で簡単にエスキスを描くつもりで始めたが、
鉛筆の下書きがあがった段階で建物のプロポーションが随分つじつまがあってないことに気づき、
愕然として翌日また下図を描き直した。
描きたかったのは神社の背景にぬっと現れる空色の『プリズム』。
真夏でも日差しを遮る木陰にいれば充分快適で風を感じながら、
歴史ある木造建築の向こうに日差しを目一杯浴びながらも涼しげなたたずまいで
空気のように建つ近代建築‥を。
「ふしぎな風景だよね~。」とひとりごと言ってたら友人がやってきて同じことを言っていた。
結局今日、もう半日かけて色をつけたのだが、
エスキスのつもりがああでもない、こうでもないと格闘しているうちに
なにやら筆数ばかり多くなってべったりした絵になってしまった(反省)。
『プリズム』を描きたかったが時間がかかったのは神社の拝殿軒裏で、
書き進むうちに気持ちが入ってしまったのは右側の朽ちそうな杉の木。
枯れそうなきたない木なので入れたくないなあと思っていたのに。
この神社について、中学校からの長いつきあいになる友人がメールをくれた。
彼は神社仏閣、郷土史についての造詣がかなり深く、
そういうことに全く疎い私はいつも「ほぉー!。」と感嘆している。
6年ほど前、娘の小学校の夏休みの研究で、善光寺にある『むじな灯篭』を教えてくれたのも彼だ。
メールには「8月4日付けの神社は、中御所にある善光寺七社の柳原神社でしょうか?」とあったのだ。
‥ふーん、そうだったんだぁ~、、知らなかったー。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「”夏休みの写生”気分」

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070801
先週の土曜日だからまだ7月だったが、
友人が担当している社会人絵画教室に乱入させてもらった。
戸外で人目を気にしながらスケッチするのがどうしても苦手な私は、
車に乗ってスケッチポイントを探しに出ても、ああでもない、こうでもないと言って
結局家に戻ってしまう‥。
そのことを話したら可哀相に思ってくれたのだろう
「いつどこそこで生徒さん達と風景を写生するから良かったら一緒に描きませんか?」と
友人が誘ってくれた。
「うれしい!絶対行く!」と返事をする。
おりしも前日は新しいソフトの件で川崎に出向く事になっていたので、
途中銀座の伊東屋に寄り、携帯用水彩パレットと固形絵の具・絵筆を数点買い足した。
まさに気分はルンルンである。
ナンノかんのの用事を済ませて現場に着いたのはすでに11時過ぎ、
生徒さんたちの邪魔にならないように神社の正面ではなく背面を、
木立に隠れてこそこそスケッチし始める。
昼過ぎ雨が降ってきたので慌てて友人のいる専門学校まで戻る。
と教室の皆さんが講評会をしていて、友人曰く”ゲスト”である私のスケッチも見せてくれと、
ひとなつっこいおじさんらに迫られた。

建物を描くパース屋としては小1時間かけたにしては恥ずかしい出来だ。
完成予想図ばかり描いているので、図面なり頭の中で描いたものを表現するのと、
直近で見て描くのとでは、右脳と左脳が白い紙の上でなかなか交わってくれない!
ようにとまどった。
しかし友人はじめ教室の生徒さん達は皆心優しい方々で
「ここがいいね」あそこがいいね」と良いところを見つけてほめてくれるので、
すっかりその気になってしまった。
で、友人の玄米焼きおにぎりをお昼に分けてもらい午後も続けることにした。
顔見知りの生徒さんと3人で快晴に戻った午後の街に椅子と筆洗いを携えて出掛け、
50m~100m間隔離れた場所でそれぞれ描いた。
仲間がいると思うと『怖いものナシ』の気分になるから、人はこわい。
銀行の脇の歩道から長野トヨタのビル(以前から描きたかった)を描いていたが、
たまに通りすがるおじさんにスケッチブック覗き込まれたり、
「何かいてるの?」と話しかけられたりしたけど、そんなことも全く気にならなくなってきたのだ。
1時間くらい暑い中立って描いていたら友人達が迎えに来てくれた。
「ごほうびにかき氷を食べましょう。」
上の絵右奥の木が神社の境内の欅なんですが、その木の下で
「なんだか子供の頃の夏休みみたいだねー。」と言いながら3人でかき氷を食べた。
いい汗かいたって日だったな。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「やや萎れた廿日大根」

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070708
何やら季節的なものか、はたまた年齢的なものか、
腰が痛かったり気力が出なかったりして自分の中ではかなりな“気分の落ち込み”で、
壺か桶か側溝かわからないけど、しっかりお尻がはまってしまって抜け出せないで困っていた。
ずるずると時間ばかり過ぎてゆき、かなり焦った。
5月の中旬か下旬、小さな庭の猫の額ほどの花壇にざざざっと種を蒔いておいたら
充分食べられる廿日大根に成長して何度か収穫した。
まあ1回につき3~5本程度だが。
そのたびにスケッチしようと思うのだが間に合わず食卓にのることになる。
さすがにこれで最後‥、となった時、仕方なく写真に収めた。なので少し萎びてしまった。

どうしても水彩絵の具で描きたいと思った。
最近はパソコンで絵が描けてしまうのでパース屋さんもモデリングとレンダリングソフト
および画像レタッチソフトを使っているのが大半だ。
つまり絵筆やペンを持たせたら魔法のように素晴らしいパースという絵を描いていた、
いわゆる職人技をその手に持っているがパソコンに上手に移行できなかった人は
この業界を去って行ってしまったのだ。
思い起こせば私などはパソコンはパースを描くためのひとつのツール、
だいいち“個性はそんなことで消えやしないのだしぃ”くらいに考えていた。
しかしながら最近のコンピュータソフトのレベルはものすごい。
人間の感性の分野まで上手にやってのける。。。
でも、それはそれとして上手に付き合っていくしかない。
けれど、やはり違うんだな。丸いザルを丸く描けなかったし、
うーんうまく描けなかったけど、何かがふっきれたかな。
まあ、ひとりごと、ひとりごと。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「信州は丸ナスでしょう」

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070709
なすといえば丸いものだと思っていた。高校生まで。
で、長細いナスはマイナーなのだと思っていたのだ。
それが真逆と知ったのは大学生になり東京に出てから。
信州といっても南の方にはないと聞いた気がする。
そういえばどの辺まで丸いナスか、なんてことを
ローカルのテレビ番組でやっていたような気がする。

今日は娘の行っている高校が文化祭最終日で、
その準備期間から帰宅時間が遅くなっていたが
当日ともなれば班活の打ち上げだ、クラスの打ち上げだと忙しい。
夕飯はいらないとのたまうので娘の嫌いなナスを調理して食べた。
ああ大満足。実家の兄が作った丸ナスと長なす。
食べ切れなかったがまた萎々しては後悔が残る。
娘の帰宅を待ちながら水彩で描いた。まさに茄子三昧の日。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「干支の亥が食べようとしているものは?」

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070131
毎年、年賀状にはその年の干支をなんらかのイラストにして
オリジナルを、もちろん作る。
今年もいのしし、それもウリボーを描きたいとは思っていたのだが、
結局半月以上イメージが決まらなかった。
これは仕事ではないし、自分の販促品にする予定もないし、
何でも良いのだからそう悩まずとも、、と自分で自分をたしなめたりなだめたりしながら
結局悶々の日々を過ごしてしまった。っていうか、毎年のことなのだが。
何でも良いというのはやっかいなものだと私は常々思っている。
自分の、何なんだろう、、何かに、とにかくしっくりこないと“何でも良く”はならない。
それで、しっくりするイメージが浮かぶまで神頼みのこころもちでひたすら待ち、
浮かんだら「それっ!」で一気にスケッチしたのが今年のこれ。
でも形にしてみて実に単純な人間だと気づいた。
12月の初旬に上野でダリ展を観たついでに世田谷美術館まで足を延ばし観た
ルソーの『オレンジの森の猿達』のシンメトリーの構図と猿達が持っていたオレンジだ!
森は我が家の居間に置いてるシュロ竹・ポトス・アロエetc、
そして富士山の上に浮かぶいのしし‥という何か意味があるのかもぉ?
というような気分はダリの印象なんでしょう。
お返事に「いのししが食べようとしているものは?」と書いてくださったMホームのY社長、
中途半端に意味不明でごめんなさい!

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