「やや萎れた廿日大根」

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070708
何やら季節的なものか、はたまた年齢的なものか、
腰が痛かったり気力が出なかったりして自分の中ではかなりな“気分の落ち込み”で、
壺か桶か側溝かわからないけど、しっかりお尻がはまってしまって抜け出せないで困っていた。
ずるずると時間ばかり過ぎてゆき、かなり焦った。
5月の中旬か下旬、小さな庭の猫の額ほどの花壇にざざざっと種を蒔いておいたら
充分食べられる廿日大根に成長して何度か収穫した。
まあ1回につき3~5本程度だが。
そのたびにスケッチしようと思うのだが間に合わず食卓にのることになる。
さすがにこれで最後‥、となった時、仕方なく写真に収めた。なので少し萎びてしまった。

どうしても水彩絵の具で描きたいと思った。
最近はパソコンで絵が描けてしまうのでパース屋さんもモデリングとレンダリングソフト
および画像レタッチソフトを使っているのが大半だ。
つまり絵筆やペンを持たせたら魔法のように素晴らしいパースという絵を描いていた、
いわゆる職人技をその手に持っているがパソコンに上手に移行できなかった人は
この業界を去って行ってしまったのだ。
思い起こせば私などはパソコンはパースを描くためのひとつのツール、
だいいち“個性はそんなことで消えやしないのだしぃ”くらいに考えていた。
しかしながら最近のコンピュータソフトのレベルはものすごい。
人間の感性の分野まで上手にやってのける。。。
でも、それはそれとして上手に付き合っていくしかない。
けれど、やはり違うんだな。丸いザルを丸く描けなかったし、
うーんうまく描けなかったけど、何かがふっきれたかな。
まあ、ひとりごと、ひとりごと。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「信州は丸ナスでしょう」

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070709
なすといえば丸いものだと思っていた。高校生まで。
で、長細いナスはマイナーなのだと思っていたのだ。
それが真逆と知ったのは大学生になり東京に出てから。
信州といっても南の方にはないと聞いた気がする。
そういえばどの辺まで丸いナスか、なんてことを
ローカルのテレビ番組でやっていたような気がする。

今日は娘の行っている高校が文化祭最終日で、
その準備期間から帰宅時間が遅くなっていたが
当日ともなれば班活の打ち上げだ、クラスの打ち上げだと忙しい。
夕飯はいらないとのたまうので娘の嫌いなナスを調理して食べた。
ああ大満足。実家の兄が作った丸ナスと長なす。
食べ切れなかったがまた萎々しては後悔が残る。
娘の帰宅を待ちながら水彩で描いた。まさに茄子三昧の日。

<F4スケッチブック コットマン水彩紙細目>

「干支の亥が食べようとしているものは?」

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070131
毎年、年賀状にはその年の干支をなんらかのイラストにして
オリジナルを、もちろん作る。
今年もいのしし、それもウリボーを描きたいとは思っていたのだが、
結局半月以上イメージが決まらなかった。
これは仕事ではないし、自分の販促品にする予定もないし、
何でも良いのだからそう悩まずとも、、と自分で自分をたしなめたりなだめたりしながら
結局悶々の日々を過ごしてしまった。っていうか、毎年のことなのだが。
何でも良いというのはやっかいなものだと私は常々思っている。
自分の、何なんだろう、、何かに、とにかくしっくりこないと“何でも良く”はならない。
それで、しっくりするイメージが浮かぶまで神頼みのこころもちでひたすら待ち、
浮かんだら「それっ!」で一気にスケッチしたのが今年のこれ。
でも形にしてみて実に単純な人間だと気づいた。
12月の初旬に上野でダリ展を観たついでに世田谷美術館まで足を延ばし観た
ルソーの『オレンジの森の猿達』のシンメトリーの構図と猿達が持っていたオレンジだ!
森は我が家の居間に置いてるシュロ竹・ポトス・アロエetc、
そして富士山の上に浮かぶいのしし‥という何か意味があるのかもぉ?
というような気分はダリの印象なんでしょう。
お返事に「いのししが食べようとしているものは?」と書いてくださったMホームのY社長、
中途半端に意味不明でごめんなさい!

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