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ハタチ

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100105
娘は今年成人式を迎えます。
今は盛岡で学生をしてますので、こちら地域の式典がある1月10日は帰って来れません。
ので5日に晴れ着を着、写真を撮って、その後親戚に挨拶にまわりました。
一通り済んで、あとは私の姉が仕事帰りに寄るのを待つだけとなり、
所在無く椅子に腰掛けてテレビを見ていたところを大急ぎで描いたクロッキー、10分です。
手に持っているのはテレビのリモコン、ぼーっとテレビを見ているカンジが出てませんか?。

「おばさんは何時に来るのか」「着物のままでないとだめなのか」
さすがに朝から長い時間、着慣れない着物を着ていて疲れてもきたのでしょう、
ブーブー言うのをまあまあとなだめつつ、
そういえば七五三の時もこんなことあったな、
“‥あの時は着物がもうグダグダで、グレグレのグレムリンだったわ‥”とか思い出しつつ、
描き出したと思ったら姉が我が家に到着しました。
本人に似てるもなにも、それに着物ってむづかしい!
着物や帯の柄を入れる間もなく中途半端ですが、
娘に見せたら「7割がた細く描いてあるから良し」と許可をもらえました。ほっ。

<COTMANスケッチブック F4>

秋の庭で

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091109
先週、東京で美容師をしている姪が実家に帰省して、
我が家にも顔を見せてくれました。
お友達の結婚式の打合せで帰って来て、
仕事が休めないからとんぼ返りで帰らなくちゃと、お茶をあげる時間もなく、
ミニ大福をほおばってあわただしく帰ろうとするので、
大急ぎで庭先で写真を撮りました。
おとといの日曜日、その時の写真を送ってあげようとパソコンの画面に出したところ、
描きたいと思っていた秋まっさかりの我が家の庭も何だかきれいに撮れていて、
思わずスケッチブックを開きました。
画面から少し離れて「えいっ!、人物クロッキー15分、開始!」で鉛筆で描き、
そこに水彩で色をつけてみました。
で、早速絵日記を更新しようとしていたところに、姪のおじいちゃんである私の高齢の父親が
散歩のついでに寄ったので、その絵を「誰かわかる?」と見せたところ全然わからず、
「〇〇み(姪の名前)だよ」と教えると「〇〇みには見えねーなぁ~」と。
「えっ?(絶句)、そ~おぉ?‥」
そう言われると、姪は私が言うのもなんですが都会生活で垢抜けてかわいい子なんですが、
どちらかというとほんわかした愛嬌のある子で、たしかにあまり似てないかも‥。
で、いじいじ顔を似せようと試みましたがますます怖い顔になっていくので、あきらめました。
らくがきスケッチももっと精進しないといけませんね。枚数描かないと!。

<COTMANスケッチブック F4>

似顔絵を頼まれる

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090409

最近、鷹司誓玉善光寺お上人の自伝『流れのままに』を
聞き書きしたライターの友人から夜電話があり、
今度某新聞社にコラムを書くのだけれど作者紹介の写真も堅苦しいので、
超簡単でいいので、似てなくていいので、何でもいいので、
似顔絵的なものを描いてくれないかと頼まれました。
彼女はその翌日タイに、次書く本の取材で出かけてしまうということで
既に気分は彼の地に飛んでいて上機嫌だし、
私もそういった類は仕事としてしたことがないので
当然お金のからむ依頼ではないと察して、
友達として機嫌よく協力することにしました。
写真を見ながら筆ペンでササっと描けるだろう、のつもりが、
困った!最近の写真がない‥、
あったのは一緒に山登りをした時の帽子を目深にかぶっているものや
下向いてるもので全然参考にならず、かなり焦りました。
子供の大学入学式のために私も盛岡に行かなくてはならないという
その前日のことでしたので。

でも16歳からの長いつきあい、
“あの子の特徴は‥、頬骨がはっきりしてるんだよねぇ~、で、
いつも小首をかしげて人の深層心理をみやぶる目つきで見るんだよ~、
で、唇は一番の特徴、真一文字で口角ははっきりピリオド、
「なぜそう思うの?」「おかしくない?」「‥わからない。」
これで何度返答に窮しパニックになったことか‥、
そう、この薄い唇から淡々と言葉が出るんだよねぇ~‥”
ぶつぶつつぶやきながら描いていると何となく彼女になった気がしました。
ですが私としては愛情たっぷりのつもりが、一般的には好感がもたれなかったようで、
後日まじまじ眺めてやはり線で描くと年齢が強調されてきれいに見えないことに気づき、
少し色味をつけて線を消してみました。
雰囲気が近づいてきたと思うのですケド‥、なかなか難しいものですね。

記事タイトル「SAH会の3人の“Y”氏」

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0624

プロフィールにもあるが、1998年から2006年6月まで
「信州の快適な住まいを考える会(通称SAH会)」の事務局をお手伝いしていた。
年に1回、同じような住宅の研究会である
北海道の「北方圏住宅研究会」、東北の「すまいと環境 東北フォーラム」、
北陸の「北陸の快適な住まいを考える会」の4会が会場持ち回りで合同研究会を開く。
今年はSAH会が担当でちょうど1ヶ月前の5月23日・24日に長野市で行われた。
私は今は何もお手伝いしていないのだが、
今年は会も20期を迎え、記念すべき年の合同研究会でもあり、
山下会長は全員参加で盛り上げたいと願っていらしたのだと思う。
私にも“他会のメンバーの顔がわかる”からと
「受付を手伝ってくれませんか?」とお電話を下さった。
二つ返事でお引き受けした。

「北村、楽して太ったんじゃないか~?」とか、ひとしきりいじられながらも、
会のメンバーと話すのは楽しい。
他会の方々と久しぶりにお会いできたのもうれしかった。
何より、20周年の記念イベントには感動した。
20年前にこの会を立ち上げたのは奇しくも同じ頭文字の3人のY氏。
お歳はというと山下先生は60代、工務店社長の山田さん、もと商社マンの矢澤さんは共に70代。
どの会も会の活動の失速感を嘆くなか、
SAH会はパワーあふれ若い方もぐんぐん育っているように見えるが、
そこを支える大きな大地のような知恵袋のお3人だ。
20年前種を蒔いて下さったから20年後の今がある。
それこそ、20年前の3人のY氏にお礼を言うべきでしょう。

ここに載せたものは、ろくなお手伝いをすることもなく出席させていただいたお礼に、
今休止状態になっている会のホームページに
このストーリーをアプレットで載せたらどうかと思いつき、そのために作ったもの。
似顔絵を描く自信がなかったので
手元に残っていた皆さんの少し以前の写真をPhotoshopで加工した。
だいたい山下先生はいつもうつむき加減にお話になるので
そんな写真しか残ってなくて困ったが、
深く思索をめぐらす先生の雰囲気に合ってるかな?と、思う。
ちなみに、このアプレットをアップできるのは会のHP担当専任者が決まってからになるので、
まだ少し先になるモヨウ。

「姪のお婚礼」

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080401

実はこの結婚式があったのは去年の11月。
餞もお金で渡してしまったので、何か記念に残るものをあげたくて後日水彩で描き始めた。
が、早5ヶ月も過ぎようというテイタラクである。
ともかく何とか出来たので額屋さんでこの絵に合うパステルピンクの額縁に納めてもらった。
ようやく「やれやれ‥」の気分だ。
この子は兄の3人の子の末っ子で我娘と4つ違い。
中学校の部活に熱中するまでは我が家のイベントには必ず参加していたので、
ひとりっこの娘にすれば姉のような存在だったと思う。
その子の成人式の着物姿をまぶしく眺めたと思ったのも束の間、
今度はウエディングドレスだと聞かされてクラクラしそうになった。
がしかし、若い子達の結婚式でとても良かったのは、双方の祖父母が健在で、
合わせて7人揃って式に出席出来たこと。
両親に贈る花束より大きな花束を祖父母の席近くまで行って
感謝のメッセージを読み上げながら渡しているのを見た時は、
私の娘も含めてフルタイムで働く嫁や娘に代わって
孫達を面倒見続けてくれたことが思い出され、私のほうが大泣きしてしまった。
で、その時の大きなピンクのカサブランカを絵に入れたいと思ったのだが
記憶のみで描いたので何だかな~の出来になってしまった‥。
まあ雰囲気ってことで勘弁してもらうつもりだ。
おめでとうAちゃん。幸せになってね。

<ARCHES Bloc(rough) 24×32cm>

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